大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)1934号 判決 1988年1月29日
甲事件原告 川野晴久
<ほか四名>
甲事件原告兼乙事件被告 高村義臣(以下原告高村という)
乙事件被告 渡辺七五三一(以下被告渡辺という)
右七名訴訟代理人弁護士 正木孝明
右同 桜井健雄
右原告高村及び被告渡辺訴訟代理人弁護士 井上英昭
甲事件被告兼乙事件原告 山口昭雄(以下被告山口という)
右訴訟代理人弁護士 上原洋允
右同 水田利裕
右同 澤田隆
右同 宮崎裕二
右同 木村哲也
主文
一 被告山口は、鶴ヶ丘本通商店街振興組合に対し、二三六三万七五五二円及びこれに対する昭和五八年四月二八日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告高村及び被告渡辺は、被告山口に対し、各自二〇万円及びこれに対する昭和五九年九月一五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告ら及び被告山口のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告高村を除くその余の原告らと被告山口との間においては、全部被告山口の負担とし、原告高村と被告山口との間においては、原告高村に生じた費用の二〇分の一九を被告山口の負担とし、その余は各自の負担とし、被告山口と被告渡辺との間においては、被告渡辺に生じた費用の一五分の一四を被告山口の負担とし、その余は各自の負担とする。
五 この判決は第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(甲事件関係)
一 請求の趣旨
1 被告山口は、鶴ヶ丘本通商店街振興組合に対し、三〇九五万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年四月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告山口の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(乙事件関係)
一 請求の趣旨
1 原告高村及び被告渡辺は、被告山口に対し、各自三〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告高村及び被告渡辺の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告山口の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告山口の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件関係)
一 請求原因
1・2《省略》
3 (富士銀行寮関係)
(一) 昭和五二年末頃、被告山口及び組合の理事であった原告高村らは、商店街振興策の一環として、組合において、別紙物件目録(二)記載の建物(富士銀行が所有し、その寮として使用していた建物、以下富士銀行寮という)を借地権付で買取り、これを取壊して二階建の建物を建築し、その一階を組合経営のコンビニエンスストア、その二階を組合員の従業員の宿舎とする計画(以下本件計画(二)という)を有していた。
(二) 当時、富士銀行は、富士銀行寮は、民間人には売却しない方針であったが、原告高村及び被告山口は、昭和五二年末頃、本件計画(二)を実施するために必要であることを説明して、組合として富士銀行に右寮の買取りを申し込んだ。富士銀行は、組合が買主であることを考慮して、右寮を代金一八〇〇万円で売却することを承諾し(以下本件売買契約という)、この際手付金として、組合から富士銀行に二〇〇万円が支払われた(ただしその支払いは被告山口が立替えた。)。
(三) この代金額は、以下のとおり時価と比較して極めて廉価なものであったが、これは非営利法人である組合が買主となり本件計画(二)のために使用すること、及び組合が地主に対して名義書換の承諾料を支払う旨約定していたことなどを富士銀行が特別の事情として考慮したことによるものである。
すなわち、当時の本件建物の底地は、別紙物件目録(三)の土地(以下本件土地(二)という)で、その(実測)面積一七六・九六平方メートル(五三・六三坪)、その更地価格は坪当たり一二〇万円であったから、更地に対する借地権割合を六割として借地権付本件建物の公正な時価を算出すると、三八六一万円余となり、これと比較すると本件売買契約代金額は、その四七パーセント程度にすぎなかった。
(四) なお、当時本件土地(二)の所有者であり、付近の土地を多く所有していた田中ゑい(以下田中という)は、鶴家商事を通じて、これらの土地を借地権者に対し、更地価格の三割程度で売却する意向を有していた。したがって、組合は、富士銀行寮を借地権付で買取ることができれば、これと本件土地(二)をあわせて時価の半額程度で買取ることのできる立場にあることになり、このことは鶴家商事の取締役であった被告山口の知悉するところであった。
(五) また当時組合は、本件計画(一)のために、三井銀行等から一億円以上の借り入れをしており、この資金を流用して、本件売買契約の決済を行うことができる態勢にあった。
(六) しかるに被告山口は、組合に資金がないとの理由で本件売買契約の決済をせず、かえって、富士銀行寮を組合の購入価格と同額である一八〇〇万円で組合から鶴家商事に売却し(以下本件転売契約という)、富士銀行に対しては鶴家商事が代金を立替えて支払う旨通知して、昭和五四年一月三〇日に残代金を決済し、その後、鶴家商事への所有権移転登記を経由した。
(七) 本件転売契約は、組合理事会の承諾を得ていないもので商店街振興組合法五〇条に反する違法なものである。
(八) 仮に、本件転売契約について組合理事会の承諾を得ていたとしても、被告山口が富士銀行寮を転売した行為は、前記(五)の記載のとおり組合に右寮を買取る十分な資力のあるにもかかわらず、理由なく本件計画(二)を中止し、かつ本件売買契約における富士銀行寮の売買価格は、組合が買主となる事情を考慮して公正な時価に比して極めて廉価に決定されていたこと、及び、昭和五三年七月に富士銀行寮の所在する地域が、住宅地域から近隣商業地域に用途変更され、その建ぺい率及び容積率が各々六〇パーセント、二〇〇パーセントから八〇パーセント、三〇〇パーセントに変更され、富士銀行寮の公正な時価が上昇したことを無視して、右低廉な価格のままで自己の経営する鶴家商事に転売したもので、理事としての善管注意義務に違反した違法なものである。
(九) 被告山口の右任務懈怠により、組合は少なくとも、富士銀行寮の借地権付の時価である三八六一万円と転売価格一八〇〇万円との差額二〇六一万円相当の損害を被った。
4 原告らは、商法二六七条一項、商店街振興組合法五六条の規定に基づき、組合に対し、昭和五八年二月一八日到達の内容証明郵便で、被告山口の前記各任務懈怠に対する責任を追及する訴訟を提起するように請求したが、その後組合が訴えを提起しないまま三〇日が経過した。
5 よって、原告らは、商店街振興組合法五一条一項に基づき、組合のために、被告山口に対し、理事の任務懈怠により組合が被った損害に対する賠償として三〇九五万二〇〇〇円及びこれに対する損害発生の後日である昭和五八年四月二八日(甲事件訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
《以下事実省略》
理由
(甲事件関係)
一 請求原因1及び4の各事実は当事者間に争いがない。
二 (メゾン鶴ヶ丘関係)
1 請求原因2(一)(ただし本件計画(一)が発案された時期を除く)。(二)及び(七)並びに(四)のうち本件仲介契約の締結(ただしその内容を除く)の各事実は、いずれも各当事者間に争いがない。
2 本件仲介契約について
(一) 本件仲介契約が締結された時期について検討するに、《証拠省略》によれば、昭和五三年一〇月二七日、理事会において、メゾン鶴ヶ丘各専有部分の分譲価格等が決定された際、その分譲業務については鶴家商事の扱いとする旨決議されたことが認められ、これによれば、右同日頃、組合と鶴家商事との間で口頭で本件仲介契約が締結された事実を推認することができる。
《証拠判断省略》
(二) なお、本件仲介契約締結については、前記認定のとおり、理事会の承認を経たものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない(ただし、その承認の内容は後記認定の本件仲介契約の内容のとおりである)。
(三) そこで、本件仲介契約の内容、特に鶴家商事の報酬請求権発生の要件について検討するに、本件仲介契約においては、契約書等が一切作成されておらず、これを直接証する書証が存しないため、右契約内容を確定するには、本件計画(一)の進捗状況全体を総合考慮して、被告山口ほか当時の組合理事によって構成される理事会が有したであろう合理的意思を究明するほかない。
前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 組合は、阪和線鶴ヶ丘駅の西側区域の商店主等を構成員とし、組合員の相互扶助の精神に基づき、共同事業等を行うことにより、組合員の事業の健全な発展に寄与すること等を目的として、昭和五一年一〇月七日設立された商店街振興組合法上の組合である。
組合員数は、本件に係る昭和五二年頃から五四年頃にかけては、大体五十数名程度であった。
(2) 組合商店街のある前記地域は、人口の減少傾向等に悩んでいたところ、昭和五二年初め頃から、商店街の活性化を図るための方策の一環として、土地(一)上にビルを建設しようとの構想が出て、さらにこれが昭和五二年夏頃から、組合理事会で本件計画(一)として検討されるに至った。
(3) 同年一一月一七日に組合の臨時総会で、本件計画(一)を組合の事業として実行することが決議され、本件計画(一)は、本格的に推進されることとなり(ただし、当初は五階建の予定であり、途中から八階建に変更された)、同年一二月一〇日に建築設計業者の選定、同月一四日に本件土地(一)の取得、昭和五三年七月一三日に建設業者の選定と進み、同年七月に当該地域が用途変更(近隣商業地区の指定)されたのを待って、同年八月八日、建設工事に着工し、昭和五四年六月二七日、メゾン鶴ヶ丘の引き渡しが行われるという経過をたどった。
(4) 本件計画(一)では、当初から、組合員に対しては、メゾン鶴ヶ丘を割り引き価格で優先的に販売することが予定されており(最終的には五パーセントの割り引きが行われた。割り引き販売の事実については当事者間に争いがない)、そのほか設計中に申し込みをした組合員には、内部の自由設計の特典が与えられることとなっていた。
(5) そこで、右の事情により、組合から組合員に対しては、非組合員への販売に先だって、昭和五二年末頃から購入案内及び募集を開始しており、昭和五二年一二月一九日及び昭和五三年一二月五日には文書で募集が行われ、また、同年九月には、メゾン鶴ヶ丘の購入予定者に対する説明会を開くなどの販売活動が実施された。このほかにも、原告高村その他の理事によっても個別に購入案内及び募集が行われた。
(6) これらの販売活動においては、組合員に対して、物件の内容、販売価格(ただし、これが最終的に決定されたのは、前記認定のとおり昭和五三年一〇月二七日であった)、代金に関する融資の可能性等の説明がなされ、組合員に対してこれらの事項の周知徹底が図られた。また、昭和五三年一二月五日の文書による募集においては、組合員への優先的販売の期限を最終的に同月二九日と設定しており、同年末ないし昭和五四年の当初頃までが、組合が自ら組合員に対して行っていた販売活動の終期であった。
(7) このような販売活動および組合員に対する特典の結果、組合は、昭和五三年五月一九日の段階で、一一件の売買契約の申し込みを受け、昭和五三年一二月五日の段階では、後記認定のとおり四件の成約をみる等、組合員からも相応の反応を得ていた(ただし、右の申し込みのすべてが最終的に本契約締結に至ったものではない)。
(8) メゾン鶴ヶ丘の販売方法については、昭和五二年末に本件計画(一)が組合の臨時総会で決議された頃から、種々の議論が出て、販売のため組合が宅地建物取引業の免許を取得すること、販売のために別会社を設立すること、または理事長である被告山口が代表者をしている鶴家商事に一任すること等が検討されていた。このうち組合が宅地建物取引業の免許を取得することは、引き続いて討議され、本件仲介契約締結の直前である昭和五三年一〇月七日には、その可能性を検討するについて、被告山口に一任することで理事会の意見の一致をみた。そして、大阪府への問い合わせの結果、組合が自ら複数の物件を販売することは、業として土地建物の売買を行うことについて免許制度をとっている宅地建物取引業法の趣旨から問題があり、また、組合自らの宅地建物取引業免許取得も困難であるとの結論に達し、形式上売主の名義を鶴家商事として販売を行うこととになり、本件仲介契約の締結に至ったものである。
(9) 右のとおり、鶴家商事が形式上売主となるため、仲介の形式は単純な媒介とすることでは足りず、組合と鶴家商事との間では売買の代理を行うこととなり、仲介報酬についても昭和四五年建設省告示第一五五二号による代理の場合の仲介報酬の最高限度額にほぼ等しい販売価格の六パーセントとすることに決定された。
(10) しかし、前記のとおり、昭和五三年末から昭和五四年当初にかけて、組合がなお、組合員に対する購入案内及び募集を行うことが予定されていたこともあり、後記認定のとおり、昭和五三年末からその後頃にかけては鶴家商事による販売活動と目すべきものはなされておらず、これがなされたのは、早くとも翌昭和五四年一月以降に至ってからであった。
(11) 本件計画(一)の実施にあたっては、前記のとおり理事らが個別の購入案内及び募集を行い、また、必要な資金を借り入れる等の奉仕活動を行っており、被告山口においても一階貸店舗の賃貸については、無償で仲介を行った。
(12) 鶴家商事の代表者は、組合理事長である被告山口であり、以上の各事情は本件仲介契約の両当事者ともよく把握するところであった。
(四) 《省略》
(五) 以上の事実に基づいて検討するに、本件では、本件仲介契約に先行して売主である組合が自ら販売活動を開始しており、さらに本件仲介契約以後も組合による販売活動が予定されていたこと、組合の右販売活動に関しては一定の成算のあったこと、組合が鶴家商事に販売を委託するに至った理由は、実際上の販売の困難にあるというより、宅地建物取引業法上の規制の問題にあったこと、メゾン鶴ケ丘の組合員に対する販売については、物件の内容、販売価格等は当初からその概要が決定されており、また、組合員も、右販売条件その他代金に対する融資の可能性等についてはよく理解していたこと、したがって契約締結の最終段階には宅地建物取引業者の専門知識・経験等を必要とするほどの重要な交渉は残されていなかったこと等の事情が指摘でき、これらの事情に照らすと、本件仲介契約締結にあたって被告山口ほか組合理事としては、将来組合が行うことが予定されていた昭和五三年末ないし昭和五四年当初頃までの組合の販売活動により、組合員から購入申し込みを受け、売買契約の締結に至った物件については、鶴家商事による売買の代理の対象としないこと、ただし、これらの物件の売買にあたって鶴家商事が形式上売主となるが、これに付随する契約書の作成等は、一階貸店舗についてと同様無償で行うことを予定していたというべきであり、鶴家商事が有償で売買の代理を行うこととされていたのは、前記組合の販売活動が終了後に、なお売れ残った物件のみであったというのが相当である。したがって、本件仲介契約は組合員に対する物件の売買に関する右の無償の契約書作成等の付随的業務の遂行と、それ以外の物件の売買に関する有償の代理行為との複合的な内容であったこととなる。
(六) 《省略》
3 そこで、組合員が、前記組合の販売活動によって、メゾン鶴ケ丘の購入を申し込むに至ったかの点について判断する。
《証拠省略》によれば、別紙購入者一覧表(二)記載の物件についてはこれを購入したのはすべて組合員又はこれが代表する法人であり、契約書の作成日付ないし申込証拠金の納入日付からみて、その購入申し込みがあった時期及び価格は、同表該当欄記載のとおりであることが認められる。また、二〇三、六〇三、八〇一及び八〇三号は、昭和五三年一二月五日までにいずれも売買契約は本契約として成立していた。
そして、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで以上の事実に基づいて検討するに、少なくとも昭和五四年一月八日までの申し込みは、前記組合による販売活動との時期が重複、近接していること等を考慮すると、組合の販売活動に直接対応して、組合員が申し込みをなすに至ったものであると認められる。したがって、当該申し込みの結果売買契約の成立した二〇一、二〇三、六〇三、七〇三、八〇一及び八〇三号の各物件については、本件仲介契約中の有償の売買代理の対象物件ではないから、鶴家商事は仲介報酬を請求する権利がないものといわざるをえない。
4(一) 次に三〇一及び三〇二号の各物件について検討するに、その購入者は、鶴家商事の代表者であった被告山口及び鶴家商事自身であり、そうすると、右各物件の売買契約締結について、鶴家商事がなんらかの活動をしていたとしても、それをもって、本件仲介契約の履行行為であると目すべきものではないといわざるをえない。したがって、右各物件についても鶴家商事は仲介報酬を請求する権利がない。
(二) 《省略》
5(一) 前記事実に照らすと、鶴家商事は、組合から有償でメゾン鶴ケ丘の売買の代理を内容とする仲介を委託されたものであるが、その対象となっていたのは、二〇二、三〇一、三〇二、四〇一、四〇二、四〇三、五〇一、五〇二、五〇三、六〇一、六〇二、七〇一及び七〇二号の各物件であったところ、右各物件の販売に関し、鶴家商事が販売行為を行い、その結果売買契約の締結にいたったのは、右の内三〇一及び三〇二号を除くその余の物件であったということとなる。
(二) 三〇三号については前記認定のとおり組合員たる吉村庄市が買い受けているので、その点のみからいえば本件仲介契約の対象外とすべきであると思われるけれども、組合の販売活動との因果関係が認めがたいこと前認定のとおりであるので、被告が報酬を受領すべきでなかったとまで断定しえないこととなる。
(三) 本件仲介契約における売買の代理に関する仲介報酬は販売価格の六パーセントであったこと及び、前記各物件の販売価格の合計は二億一九〇〇万三八〇〇円であったことはいずれも前記認定および別紙購入者一覧表(二)(三)記載のとおりであるから、結局鶴家商事が受け取るべき仲介報酬額は一三一四万〇二二八円
219,003,800×0.06=13,140,228
(四) 組合が、鶴家商事に対し、メゾン鶴ケ丘に関する仲介報酬として少なくとも二二五一万七七八〇円を支払っていることは、当事者間に争いがないから、結局組合は、前記正当な仲介報酬額を超える部分である九三七万七五五二円をなんらの義務なくして鶴家商事に支払ったこととなり、以上の経過に照らすと、組合の右損害は少なくとも被告山口の組合理事長としての任務懈怠によるものであるというべきであって、被告山口は、これを賠償する責を負うものといわねばならない。
なるほど、《証拠省略》によると、被告山口の受領した報酬金については昭和五五年五月一七日の組合の通常総会において「販売費用」として承認可決されていることが認められるけれども、右決議が本件におけるように一応は問題として取り上げられたが結局これを被告山口へ全額報酬として支払うにつき異議がないとして可決されたなど特段の事情を認めるべき証拠がないので、右総会における決算に関する可決があったとの一事をもって被告山口の右責任がないとはいえない。
三 (富士銀行寮関係)
1 請求原因3(一)、(二)の内、本件売買契約の締結及び被告山口による手付金の支払い(ただし、その時期を除く)、(六)の内、本件売買契約の決済が行われなかったこと、鶴家商事が残代金を決済して、所有権移転登記を経由したこと、(八)のうち、用途区域の変更があったことはいずれも当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》によれば本件計画(二)の経過、本件転売契約に至った事情について、以下の事実が認められる。
(一) 本件計画(二)は、本件計画(一)と同様、組合商店街の地域振興策の一貫として、昭和五二年末頃から組合理事会で討議され、その頃に、理事会で、これを実行に移す旨の決議がなされて、組合の事業として本格化し、これを受けて富士銀行に対し、富士銀行寮の売却方の要望が、昭和五三年四月二〇日ないしその前後を通じてなされ、同年五月三一日、組合と富士銀行との間で本件売買契約が締結された。そして、組合は、本件売買契約の履行後は、地主が借地権者に対し、廉価で所有権を売却していたのを利用して、富士銀行寮の底地を地主から買い取ることを、本件計画(二)において予定していた。
(二) 本件売買契約の決済については、その締結の当時、組合はもっぱら中小企業高度化資金その他の借り入れによって行う予定であり、その資金上の都合等から本件売買契約の決済時期は、昭和五四年一月三〇日(ただし、当事者の合意により変更できる)と決められていた。
(三) 富士銀行が本件売買契約に応じたのは、買主が組合であって、富士銀行寮に関する諸権利がその周辺地域の発展のために利用されるであろうという期待があったからであり、その代金額が後記のとおり著しく安価であったのもそのゆえである。
(四) その後、決済日である昭和五四年一月三〇日に至り、組合理事会において、本件計画(二)を中止し、本件売買契約の契約上の買主の地位を鶴家商事に譲渡することを承認する旨を決議した。これを受けて、同日被告山口において、本件転売契約(ただし、その内容は右のとおり、契約上の買主の地位の譲渡である)が締結された。
《証拠判断省略》
3 本件転売契約について、昭和五四年一月三〇日組合理事会の承認決議がなされていることは、前記認定のとおりである。
4(一) 次に、本件転売契約において、富士銀行寮の借地権付きの転売価格が、公正な価格と比較して廉価であるか否かについて検討する。
本件転売契約の売買価格が一八〇〇万円であることは当事者間に争いがない。
本件転売契約の締結された昭和五四年一月三〇日当時の富士銀行寮の時価は弁論の全趣旨によると借地権価格と同一であると認められるところ、それが三二二六万円であることは、鑑定の結果によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない(なお右鑑定によれば本件土地(二)の面積は一九七・六八平方メートルである)。
したがって、本件転売契約の売買価格は、時価の約五五・八パーセントにしかならず、公正な価格に比較して極めて廉価であるということができる。
(二) 被告山口は、右物件の価格が廉価であるか否かは、富士銀行から最初に価格の提示のあった昭和五一年一二月当時の価格を基準として判断されるべきものであると主張する。
しかしながら、売買目的物の価格が公正であるか否かを判断するにあたっては、特段の事情がないかぎり、当該売買契約締結当時の時価を基準として判断すべきことは当然であって、被告山口の見解は独自のもので採用できないし、本件全証拠をもってしても、右と異なる時点の価格を基準として採用すべき特段の事情は認められない。
5 そこで、右廉価売買がやむを得ない理由に基づくものであるとの被告山口の主張について検討するに、同被告が本件転売に至った経過として種々述べるところのものは、結局右廉価売買を正当化するに足りないといわざるをえない。
すなわち、本件は、組合が計画していた事業を中止し、その事業用財産を廉価で売却したという事案であるが、組合理事としては、善管注意義務に従って、事業を適切に中止するのみならず、その後の事業用財産の売却にあたっても、売却の困難、資金窮乏に対応する緊急の必要等特段の事情がある場合を除いて、原則として公正な時価で売却することが要請されているものであるところ、被告山口は、原告高村と組合との間のメゾン鶴ケ丘に関する日照問題、本件計画(一)の工事の遅れ、組合の富士銀行寮買取りのための資金不足等のため理事の間で本件計画(二)の遂行につき意欲を失った等の事情を主張するが、これらの事情は、ただ右事業の中止がやむを得ないものであるという理由にすぎず、廉価売却の点について、右特段の事情を主張立証しない。
《省略》
6 以上認定の事実に基づいて考えると、組合に一旦帰属した富士銀行寮に関する借地権等の財産につき被告山口は理事長としてはこれを善良な管理者としての注意義務により管理すべき義務があるのにこれを怠り、不当に廉価にてこれを被告山口の経営する鶴家商事に譲渡したもので、そのため右廉価相当額につき組合に対し損害を与えているものというべきである。
したがって、被告山口は、前記公正な価格三二二六万円と、売却価格一八〇〇万円との差額一四二六万円相当の損害を組合に与え、自己の経営する鶴家商事に不当な利得を得せしめたものと評価されるのであって、被告山口は、組合に対して右損害を賠償する責に任ずべきものである。
なるほど、前記認定のとおり、昭和五四年一月三〇日理事会において被告山口への廉価売買が決議されていることが認められるけれども、組合に対する関係においては被告山口をはじめこれに賛成した理事等が善管注意義務を怠ったことは否定しえないので、被告山口に右損害賠償責任が発生するといわざるをえない。そして、その余の理事については本件において提訴されていないので、ここにおいて判断するかぎりでない。
(乙事件関係)
四 名誉毀損の行為について
1 請求原因1、2、3、6及び7の各事実、同4の事実中、別紙送付状況一覧(一)、(四)ないし(九)記載のような送付をなしたこと、同5の事実中、原告高村が被告山口主張のような発言をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
2 同4、5のその余の部分について判断するに、《証拠省略》によれば、別紙送付状況一覧(二)、(三)記載の各送付行為については、原告高村がその協力者に依頼して、これをなさしめたものであること、昭和五九年五月三〇日の組合総会の席上で、二〇ないし三〇名の出席者の前で、原告高村が、被告山口を罵倒したこと、がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 そこで、前記原告高村及び被告渡辺の各行為が、被告山口の名誉を侵害するかについて検討するに、前記争いのない事実にもとづいて判断すると、前記各行為中、被告山口の名誉を侵害したと認めるべきものは次のとおりである。
(一) メゾン鶴ケ丘の問題に関しては、昭和五八年二月二一日付の背任罪での告発、本件記事(一)における別紙(一)の記載、本件記事(一)及び甲事件訴状の送付、昭和五九年五月三〇日の組合総会における原告高村の発言
(二) 富士銀行寮の問題に関しては、右組合総会における原告高村の発言を除き右(一)に同じ。
(三) 後記光洋の仮処分問題に関して、本件記事(一)における別紙(二)の記載中、被告山口がほかにも数件の一触即発の事件を抱えるとの点及び本件記事(二)の掲載頒布
そして、その余の部分は、いまだ被告山口の名誉を侵害したものということはできない(本件記事(一)における別紙(二)の記載中、旭不動産に関する部分は、その表現があいまいであって、当該記載がなにを対象とするものであるか、これを読む者が正確に理解できない。また、同記載中、サラ金に関する部分については、《証拠省略》によれば、同人がサラ金を営業していることは、組合員等も知るところであると認められるから、特に被告山口の名誉を侵害するといえない)。
また、請求原因7に係る別紙(五)の文書はその表現中に甲、乙事件に関し事実の存在を断定するかのような表現がみられるが、文書の記載の全趣旨からみると本件の法廷傍聴を促す趣旨であると解せられるので、これをもって被告山口の名誉を毀損する文書とはいえない。
五 違法性及び過失について
1 前記認定事実及び《証拠省略》によれば、抗弁1の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 真実性及び過失について
(一) メゾン鶴ケ丘及び富士銀行寮に関する前記各文書の記載及び、組合総会における原告高村の発言の真実性及び過失について検討する。被告山口に、ほぼ原告高村及び被告渡辺主張のような任務懈怠のあったことは、甲事件関係において判示のとおりであるから、甲事件の訴状の記載及び右組合総会における発言の内容の主要部分はいずれも真実と認められる。なお、右総会における発言は穏当を欠く点がみられるが、甲事件に関する前記認定の経緯に照らして考えると不法行為を構成するとは断定しえない。
そこで、昭和五八年二月二一日付の告発について検討するに、私人が他人に対し犯罪の嫌疑をかけこれを犯罪捜査機関に告発することは、それにより当該他人の名誉を毀損するに至ることは明らかであるので、慎重でなければならないが、他方私人が犯罪捜査に協力することは公益上望ましいところであるので、通常人として客観的な判断をして告発した場合には右他人が捜査の結果犯罪を犯したと認められないときでも告発人に過失がないと解すべきである。これを本件についてみるに、甲事件関係の認定事実に照らして考えると被告山口の外形的行為については告発に係る事実の主要部分が認められるけれども、背任罪の故意の点については甲事件聞係における認定事実及び原告高村本人尋問の結果(第二回)認められる本件告発に係る被疑事実が不起訴になった事実からみると必ずしも明白に肯定することができるとはいえない。しかしながら、《証拠省略》によると原告高村は被告山口と告発に係る事実の発生の頃は常々行動を共にしていて事情をよく知悉していたこと、これを確認するために組合に対し議事録の閲覧を求めたところ時間の制限を受けて十分に閲覧しえなかったこと、富士銀行寮の関係については富士銀行の係員に事情を聴取したこと、しかるに告発に係る事実を放置することは組合のために許されないと思料し、これらの事情から止むなく右告発に至ったことが認められる。この事実に基づいて考えると原告高村に右告発につき過失があったとはいえない。
さらに、請求原因3における被告渡辺の別紙(一)を内容とする記事(一)の掲載についてみるに、《証拠省略》によると別紙(一)に関するかぎり原告高村が別紙(一)の内容の告発をしたという事実を記載しているにすぎず、以上認定の事実によると右記事が真実であることは明らかである。そして、同様に原告高村の幇助の行為についても違法性は認められない。
請求原因4の原告高村の送付行為は以上認定の事実に照らして考えると、穏当を欠くきらいがあるものの法律上違法性があるとは断定しえない。
(二) (光洋の仮処分問題)
《証拠省略》には、原告高村及び被告渡辺の主張にそう部分がみられるが、これからただちに右主張に係る事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
六 よって、原告高村及び被告渡辺は、光洋の仮処分問題に関する前記共同不法行為によって、被告山口に生じた損害を賠償する責に任ずべきところ、その損害額はこれを二〇万円とするのが相当である。
(総括)
七 以上の次第であるから、原告らの甲事件請求は、組合に対する損害賠償として二三六三万七五五二円及びこれに対する損害発生の後である昭和五八年四月二八日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、被告山口の乙事件請求は、損害賠償として各自二〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五九年九月一五日から支払済みに至るまで、右同率の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容することとし、その余は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 東孝行 裁判官 近下秀明 夏目明德)
<以下省略>